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2019/06/09

【門司港散策】部埼灯台 150年近くも関門海峡を行き交う船舶を見守ってきた灯台

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部埼灯台は、1868年(明治元年)の兵庫開港に伴う外国船の安全航行確保を目的に、幕府がイギリスとの間で締結した大坂約定(大坂条約)で設置を約束した五カ所の灯台の一つです。1870年(明治3年)12月に起工し、1872年(明治5年)1月22日に初点灯しました。1985年(昭和60年)、「灯台施設調査委員会」により文化資産的価値が高い「Aランク保存灯台」に区分されています。(明治時代に建設された現在も現役で使用されている灯台67基のうち、23基のみがAランクです)

関門海峡は毎日約1,000隻もの船舶が通っていると言われる海上交通の要所です。その東の玄関口として、部埼灯台は約150年に渡って船舶の安全を守ってきました。英国人技師 R. H. ブラントンの設計による重厚な白御影石造りの灯台は今も昔のままの姿を残しています。もちろん現役の灯台として。

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部埼灯台近くまで行く公共の交通機関はありません。桟橋通からだと10km以上はあるのでタクシーで行くよりもレンタカーを借りた方が自由度があり良いかと思います。桟橋通の北九州銀行門司支店前にはトヨタレンタカーがあります。レンタカーで行くなら、和布刈神社、田ノ浦方面を回るルートがお薦めです。太刀浦からは直ぐなのですが、残念ながら道が通じていないので白野江経由になります。

部埼灯台行き方

車なら灯台の直ぐ下まで行く事ができます。そこから灯台までは階段が整備されています。

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この階段を上りきり、灯台は更に一段上にあります。そこからは太刀浦や満珠干珠の島々まで見渡すことができ絶景です。海を見渡す手前には「僧清虚火焚場跡」があります。

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清虚は大分県国見町出身の僧侶で、1836年に高野山に修道に向かう途中、ここが海の難所であることに気付いて、多くの人命を救うために下船して灯火を焚き続けることを決心したと言われています。74歳で亡くなるまで約13年の間、この地で読経し灯火を焚き続けました。没後も村民によって清虚の意思は受け継がれ、部埼灯台が完成するまで続けられたとのことです。そんな僧清虚の偉業を後世に伝えるべく、1972年(昭和47年)に部埼灯台真下の海岸に像が建てられました。

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海に向かって建てられているので正面は船上からしか見ることはできません。岩場に降りて先端まで行くと斜めから顔を少し見ることができます。

「部埼灯台」と書かれますが、私には「部埼の灯台」と呼ぶ方が馴染みがあります。子供の頃は、部埼の灯台と言うと、とにかく何も無くて怖い所というイメージがありました。白野江から部埼方面に行く途中には大きな採石場があり、山が削り取られてむき出しになった岩を見て、子供心になんて恐ろしい場所なんだろうと思った記憶があります。ですので、今回の部埼灯台訪問は半世紀以上ぶりです。こんなに景色が良い場所ならもっと早く来ておけば良かった思いました。

ちなみに、採石場は今でも一部稼働中です。石灰石はセメントの原料として重宝されましたし、ここで切り出された岩石は田ノ浦や太刀浦、新門司の埋め立てに使われたのではないでしょうか。現在進行形のものでは、沖縄辺野古の埋め立て工事にもここで切り出された岩が使われているらしいです。


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