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2019/03/06

黄金仏の歴史 - 黄金仏は何処から来たのか - ワット・トライミット Wat Traimit, Bangkok

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バンコク観光で外せないスポットとなっているのが、フアランポン駅からもほど近いチャイナタウン外れのワット・トライミットです。そこには、ギネスブックにも登録されている世界最大の黄金仏があります(冒頭写真)。

1800年頃に現王朝のラーマ I 世がタイ全土の荒廃した寺からバンコクに仏像を集めました。その中に黄金仏もあったわけですが、当時は漆喰で覆われていて価値が低い仏像としてチャオプラヤ川添いのワット・チョチカラーム Wat Chotikaram に運ばれました。そこに安置されること約140年余り、1935年から 1940年頃に現在のワット・トライミットに移されました。その後、黄金仏が発見されるまでの経緯は別記事に書いたとおりです。(ワットの名称や時期などは資料により違いがあります)


では、その前は何処にあったのか。
大きな黄金の仏像ですから、相当の権力者でないと造ることはできないはずです。仏像の顔や全体の形から、スコータイ王朝時代に作られたのではないかと考えられています。もちろん、スコータイ仏は大変ポピュラーな仏像で、アユタヤ王朝になってからも好んで作られたと言われていますので、仏像の形だけから製造時期を特定することはできません。けれども、アユタヤ王朝時代の資料を調べても、大きな黄金仏が祀られていた寺院についての記述はどこにもないことから、それ以前に造られて漆喰仏像として隠されていたのではないかと言う説が有力です。

スコータイ王国がアユタヤ王国の属国になったのが 1368年。アユタヤ王国に完全に統合されたのが 1350年です。バンコクに移されたのが1800年頃、そしてワット・トライミットで漆喰が壊れて中から黄金仏が現れたのが 1955年なので、実に 550年以上も黄金仏は漆喰の中で眠っていたことになります。まさにミステリーとしか言いようがありません。

誰がいつ頃造ったのか、そして何処に祀られていたのか
スコータイ王朝時代に最も栄えたのはラムカムヘン大王の時代です。大きな黄金仏を造るには高度な技術が必要で、職人を召し抱え、十分量の黄金を集められる権力者となるとラムカムヘン大王以外にいません。また、ラムカムヘン大王碑文には『スコータイの町の中心には黄金仏がある』と記載されています。大きさなどの記述から、その黄金仏こそワット・トライミットにある黄金仏そのものだろうと考えられています。

スコータイから北に約80kmほど行った Phrae州の Wang Chin地区には金鉱がありました。スコータイ時代、そこで採掘された金を使って金細工の技術が発達したと考えられています。大きな黄金仏を造るにはいくつもの精密な工程が必要で、相当高度な技術を持っていたのでしょう。

何処に祀られていたのかというと、町に中心にあるワット・マハタートであるのは間違いないでしょう。そこには本堂の他に礼拝堂 Vihan が10箇所もあるので、その中のどれかに安置されていたのでしょう。ちなみに、主たる礼拝堂に祀られていた仏像は現在バンコクの第一級王室寺院であるワット・スタットに移されています。1800年当時、もしも漆喰の中で眠る黄金仏がワット・マハタートにあったなら、現在はバンコクの第一級王室寺院のどこかに祀られていたのかもしれません。

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黄金仏に関する記述を調べてみると、第6代リタイ王の時代に書かれた碑文に黄金仏の記載があります。つまり、その時代まではワット・マハタートに黄金仏があったわけです。ですが、その後、アユタヤ王朝時代を含めて黄金仏に関する記述は全くありません。リタイ王の時代以降に黄金仏は漆喰で覆われ、そしてワット・マハタートから別の場所に移されたと考えるのが妥当です。ちょうどアユタヤ王朝がスコータイに入ってきた時期なので、略奪を恐れて隠したのではないでしょうか。(ワット・トライミットのタイ語 WEBの資料によると、1403年にアユタヤに移されたと記載があります)

タイでは高価な仏像などを漆喰仏の中に隠すのはよく行われていたことのようです。有名なエメラルド仏も漆喰仏の中に隠されてカンペーンペットのワット・プラケオからチェンライに密かに運び込まれましたと言われています。

アユタヤに移された黄金仏がどこに安置さていたのか、場所の記述は全くありません。もしもアユタヤのワット・マハタートやワット・プラシーサンペットなどの重要寺院に祀られていたならば、1767年のビルマ軍によるアユタヤ陥落の際に徹底的に破壊されて黄金仏は露わになっていたでしょう。おそらく、アユタヤの無名寺院に密かに安置されていたためビルマ軍による略奪から逃れられたのだと思います。また、無名寺院に祀られていた漆喰仏像だからこそ、ラーマ I 世がタイ全土から仏像を集めた際、価値が低いと判断されたのでしょう。

700年以上も前、スコータイ王朝時代にワット・マハタートで黄金仏が祀られていたのを想像するとワクワクします。ワット・トライミットの黄金仏は長い時を経て、今、私たちの前に美しい姿を見せてくれているのです。

タイには沢山の寺院があり、その何倍もの数の仏像が祀られています。その中で本物の黄金でできた仏像はほとんどありません。ワット・トライミットでの黄金仏発見を受けて、他の寺院でも調査が行われたのは言うまでもありません。トンブリのワット・ホンラッタナラーム Wat Hong Rattanaram やワット・マハンパラーム Wat Mahanparam にも漆喰の中から発見された黄金仏が祀られています。

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Wat Hong Rattanaram


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