fc2ブログ
2018/05/22

ニューヨーク・マンハッタンの Avenue と Street のお話 - ニューヨークの都市計画

1番街_Google_マップ
(1st Avenue, 1st Street の交差点、Google Street View より)

マンハッタンは、道がどこも直線的で見晴らしが良く、通り名を書いた標識が各コーナーにあるので道に迷うことがほとんどありません。大体の距離を知るのも簡単で、東西方向の Avenue は約300m、南北の Street は約60m間隔で区切られています。区画整理があんなに綺麗にできている大都市は他に無いのではないでしょうか。

ニューヨークがまだニューアムステルダムと呼ばれていた 1600年代、街の北限は現在の Wall Street の辺りで、Broadway はその当時からありました。(Wall Street の名前が当時インディアンからの襲撃を防止するために儲けられていた城壁の場所に由来するのは有名な話)昔の地図を見てみると、壁の北側に抜けられる道は Broadway だけだったようです。(1660年頃の地図)

NYC_1660 castelloplanredraft

1700年代の後半になると街は北側に広がります。この地図で興味深いのは、Broadway は現在の Chamber Street 付近までで終わっていて、その北側には農園が広がっていたこと。そして、その農園を迂回するように現在の市庁舎南側から道が北側に延びていることです。現在も名前が残っている Bowery Road です。この道は北側のハーレム方面に向う主要な道でした。

NYC_1776 original-plan-of-nyc-sm

1797年の地図を見ると街は更に北側に広がっていて、Broadway も現在の Houston Street の北側まで延びています(当時、Houston Street は North Street と呼ばれていました )。北側に延びた Broadway はまだ新しく、当時の主要道路は Bowery Road の方で、これを基準にして周辺域が整備されました。

そして、現在のマンハッタンの原型になる都市計画が作られたのが 1811 年です(Grid Plan)。North Street より北側の土地を南北の Avenue と東西の Street で直線的に区切ることにしたのです。既に村があったグリニッジビレッジは除外されました。Avenue はマンハッタンを南北に縦断する通りとされたので、1st Avenue はイーストリバーからかなり内陸側に計画されました。そこを基点にして約300m間隔で Avenue を、60m間隔で Street が作ることにしたのです。1st Avenue の西側の場所は Avenue A, B, C, D と名付けられています(アルファベットシティーと呼ばれています)。

NYC_1811 Grid Plan

1811年の計画地図を見ると、Houston Street を境にして区画が異なることがわかります。以前は岸壁と並行するように細かく区画が作られていましたが、Grid Plan では南北方向(上地図の左右方向)の角度が微妙に異なり整然と区切られています。Broadway と Bowery Road が交わる場所に Union Square が作られました。至極当然なネーミングですね。

この地図では現在の Broadway の場所が Bloomingdale Road と記されています。Bloomingdale Roadは 1703年にできた古い道で、マンハッタンの西側に繋がる幹線道路でした。Bloomingdale Road の名前が地図から無くなり、新たに作られた Broadway になったのは 1868年のことです。

※ Broadway は Union Square を通って繋がっているはずですが、 Union Square 周辺に Broadway の標識はありません。ここで一旦途切れていたことの名残でしょうか。(未確認)

規則正しい格子状の町並みにも例外がいくつかあります。地図を見て直ぐにわかるのは、斜めに走る Broadway と Bowery Road です。いずれも計画前からあった幹線道路なので至極当然でしょう。ちなみに、旧 Bowery Road と Bloomingdale Road は Union Square 付近で別れて、Bowery Road はマンハッタンの東側を通ってハーレム方面へ、Bloomingdale Road は Bloomingdale と呼ばれる地域を通ってマンハッタンの西側に続いていました。

1811年の計画にはセントラルパークはありませんでした。その代わりに3rd Avenue, 23rd Street と 7th Avenue, 33rd Street までの広大な場所に Grand Parade が計画されていました。後の地図を見ても記載が無いので作られていないようで、その場所にはかなり小さくなっていますが 1847年に完成した Madison Square があります。セントラルパークは 1850年に計画され、1859年に完成しています。Washington Square も記載がなく、1827年に作られました。

計画当時は Avenue も規則正しくマンハッタンの北側まで通っていたのでしょう。ですが、現在の地図を見ると・・・

観光客が良く訪れる 5th Avenue や 6, 7, 8th Avenue はよく耳にします。ですが、4th Avenue を知っている人はほとんどいないでしょう。通りの名前 = 住所ですから、「4」という数字が敬遠されたのでしょうか。計画当初は 4th Avenue も普通にありました。ですが、現在の 4th Avenue は極短い区間のみで大部分は Park Avenue と呼ばれているのです。

NYC Avenue Map

1832年に New York & Harlem 鉄道が Bowery Road に開通し、1850年代に完全地下化して地上部分に公園が作られました。そして、1860年にこの部分は 4th Avenue から Park Avenue に改名されました。その後も通りの名前をめぐって議論があり、1924年までに Park Avenue は 34th Street まで南に延長され、さらに 32nd Street までが Park Aveneue と呼ばれるようになりました。

論争はそれに終わらず、32nd Street から Union Square までに住む住民も Park Avenue にするよう市に嘆願しましたが、Bronx まで続く Street Number を変更するのは困難ということで、最終的にこの区間を Park Avenue South と呼ぶことで落ち着きました。これにより、住居表記として残る 4th Avenue は Union Square から Cooper Square/Astor Place までのわずか 6ブロックのみとなったのです。

1811年に計画されたハドソン川沿いの Avenue は 11th まででした。それも 34th Street までしかなく、10th Avenue も 23rd Street まででした。ハドソン川の埋め立てにより現在では12nd Avenue までありますが、湾岸道路という感じでもはや他の Avenue とは比較できません。さらに、Google Map を見ていたら、13rd Avenue なるものも記載されていました。将来的に埋め立てて道が繋がれば 13rd Avenue もできるのかもしれませんね。

通り名(住居表示)は街のイメージにもつながります。当初 Houston Street 以北に付けられた Avenue ですが、6th Avenue に至っては Canal Street の南まで延びています。当初の計画には無かった Madison Avenue や Lexington Avenue も作られました。通常 6th Avenue と呼ばれる通りも 1945年に正式名称が Avenue of America に変更されています。時代の流れや地元の要望により通りの名前が変わっていくのは致し方ないことのような気がします。

面白いところでは、6 1/2 という歩行者専用通もあります。名前の通り、6th Avenue と 7th Avenue の間の通りで、51st Street から 57th Street まで繋がっています。ビルの合間にある細い路地のようですが、ちゃんと道路標識もある正式な道です。

TM_1207 NYC_SN0434
(Broadway から旧 Bowery Road が別れる付近)


★ よろしければ、下のバナーをクリックお願いします。
  関連したランキングページに移動します。
にほんブログ村 旅行ブログ 一人旅へ

★ ご協力有り難うございます。
関連記事

コメント

非公開コメント