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2017/11/16

エメラルド仏陀が発見された寺 チェンライのワット・プラケオ Wat Phra Kaew

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ワット・プラケオとは「エメラルド仏陀の寺」の意味です。バンコクの王宮内にあるワット・プラケオのエメラルド仏陀は、元々は、当時ワット・パヤと呼ばれていたこの寺院で1434年に発見されました。

エメラルド仏陀と言っても実は本物のエメラルドではなくてヒスイ製です。紀元前234年にインドで作られたとされていて、その後スリランカやカンボジア(アンコール・トム)、アユタヤを経て現在のタイ北部カムペーンペットを経て、チェンライに持ち込まれたのは1390年頃で、戦火の中、エメラルド仏陀は密かに隠されました。そして1434年に落雷で壊れた仏塔の中から発見されたわけです。

チェンライのワット・プラケオにある案内板には、日本語で次の通り書かれています。
ワット・プラケオは、建立当初ワット・パヤ、通称「竹林寺」と呼ばれていた。1434年、稲妻が寺の仏塔を直撃し、その時エメラルド仏陀の安置が予告された。このめでたい出来事がワット・プラケオ、又はエメラルド仏陀寺院、と言われる由縁である。

当時、ランナー王朝の都はチェンマイにあり、王はエメラルド仏陀をチェンマイに移すことにしました。けれども、言い伝えによると、白象を使ってエメラルド仏陀を運ぶ計画が三度に渡って失敗したため、チェンマイへの移設を諦めて、ランパーン Lampang に置くことになったそうです。チェンマイへ運ばれたのは1468年です。チェンマイには85年間置かれていたそうです。

エメラルド仏陀はその後、225年にわたってラオスに移されていましたが、1778年、トンブリ王朝のタクシン王がラオスを侵攻して、後にチャクリー王朝を開くラーマ I 世(当時はタクシン王の部下である将軍)がバンコク・トンブリに持ち帰りました。1784年からは、チャクリー王朝の王宮内の寺院(ワット・プラケオ)に移されて現在に至ります。霊験あらたかなエメラルド仏陀はタイ国の守護神として祭られています。

現在、チェンライのワット・プラケオには、信者の寄進によって1991年に奉納された新しいエメラルド仏(レプリカ)が安置されています。正面から見える本堂(Ubosot)ではなく、奥の建物にエメラルド仏陀はあります。

本堂と内部の仏像
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エメラルド仏陀があるのはこちらの建物
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エメラルド仏陀は建物中央部分に置かれているので、全面だけでなく横や後ろからも見ることができます。
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