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2017/10/23

世界最大の中華街 バンコク・チャイナタウンの歴史

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1900年代初頭、バンコク商業の中心地だったヤオワラート通り。Ratchawong通りとの交差点付近から撮影。今でも中華街は賑わってます。

中国華僑恐るべし・・とでも言うべきか、数百年も前に現在のバンコク辺りには既に大きな中国コミュニティーが存在していたそうです。当時は、タイの中心はアユタヤだったので、河口に近いバンコク付近には農園や港が広がっていたのでしょう。タクシン王がトンブリ王朝を築いた頃は、現在の王宮付近一帯に中国商人が多く住んでいたそうです。1782年にチャクリー王朝誕生とともに新王宮がチャオプラヤ川の対岸に建設されることになり、中国人たちは立ち退きを強いられました。そして与えられた場所が、ラッタナーコーシン島の運河をはさんで東側です。

当時はまだ道も整備されてなくて、運河にほど近い Wat Sampluem とフアランポン駅近くの Wat Sampheng の間の細い道沿い(Sampheng Lane)に移り住んだそうです。その通りは今もある Soi Wanit 1 です。私は中に入ったことはありませんが、Google Map にも線で書かれていいるだけの細い通りです。その通り沿いには、とにかく小さな店が今でも密集しています。

チャロンクルン通りが作られたのが Rama IV の時代、1860年代後半です。南側には Sampheng Laneしか通りがなかったため、Rama V が新しい道を作ることにしてできたのがヤオワラート通りです。周囲には既に多くの民家があり、用地買収の難航でまっすぐな道が作れなかったそうです。1899年に完成しました。その当時、ヤオワラート通りを中心としたエリアは、バンコクの商業の中心で最先端の街でした。現在の Grand China Hotel 辺りには、バンコクで一番高い9階建てのビルもあったそうです。

街が栄えると必然的に生まれてくるのが赤いネオン街です。街と言えたのかどうかはしりませんが、バンコクで初めての歓楽街が Sampheng Lane の西端付近に広がっていたそうです。

上記の二つの寺院、Map で見ても見当たりませんが、今は名前が変わっています。
Wat Sampluem は、今も旧Sampheng Laneの入り口付近にあり、Rama III によりWat Chakrawat と改名されました。(Wat Chakrawatrachawat Woramahawihan)
Wat Sampheng は、フアランポン駅から Wat Trimit を通る道をさらに真っ直ぐ進んだ先にある Wat Pathum Khongkha Ratchaworawihan です。

Wat Trimit には、Chinatown の歴史資料館みたいなものがあります。
次回訪問時には、Chinatown全体をもう少し探索してこようと思っています。

Chinatownの全域
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