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2017/09/23

アユタヤ王朝時代から続くタクシン王ゆかりの寺院 ワット・ホン・ラッタナラーム

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アユタヤ王朝時代の1500年代前半、King Chairacha がアユタヤへの水路を短縮するために運河(現在のチャオプラヤ川の元になる)を造成するまで、現在のチャオプラヤ川は大きく曲がっていて、Bangkok Noi と Bangkok Yai 運河の方が本流でした。その曲がった付け根に当たる部分に中国人の村があったそうで、一説には、そのエリアが Ban Kok (野生プラムの村)と呼ばれていたのが、バンコクの由来になっているのだとか。ワット・ホン・ラッタナラーム Wat Hong Rattanarame は、裕福な中国人 Nai Hong さんが Ban Kok の土手に建てた寺院 ワット・ホン が元になっています。

1767年、アユタヤ王朝がビルマによって滅ぼされた後、トンブリ地区を治めていたタクシン Taksin は、ビルマ軍を撃退してトンブリに新しい王朝を作りました。トンブリ王朝はタクシン王一代だけの15年間で、王朝後期には精神異常をきたして、部下であったチャオプラヤー・マハーカサット・スック(現チャクリー王朝創始者)により処刑されました。わずか15年間の王朝でしたが、タクシン王は、ビルマを打ち破り領地を取り戻した英雄としてたたえられています。

トンブリ王朝はチャオプラヤ川に面した Bangkok Noi と Bangkok Yai運河に挟まれたエリア、ワット・アルンの南側に隣接する場所 Wang Derm Palace にありました。ワット・ホン・ラッタナラームは南に約500mくらい離れた場所にあります。タクシン王は寺院を再興して Wat Hong Awat Viharn と命名して宗教教育の中心としました。その後も、改築および改名が行われ、現在の名前になったのは Rama IV世の時代です。

この寺院一番のウリは、スコータイ王朝時代の1520年に作られたという黄金の仏像です。中華街にあるワット・トライミットの黄金仏像に比べると小さいですが、歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気です。

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本堂の入口も趣向が凝らされていて美しいです。そして、本堂の仏像(Top画像)は1858年に設置されたそうです。装飾を凝らした大きな柱の間にたたずむ仏像は美しいです。他にも古い仏教絵画などもあり、ゆっくり見て回っても飽きません。

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寺院入口の直ぐ近くに、タクシン王の像が祭られています。(King Taksin Shrine)

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