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2020/03/13

チャン王宮歴史センター Chan Palace Historical Center, Phitsanulok

Chan Palace Phitsanulok

チャン王宮は、アユタヤ王朝時代、ピッサヌロークに王都が移された頃に王宮だったとされる場所です。ナレースワン橋からナーン川沿いに約700m北上した場所にあります。王宮があったとされる場所は現在も発掘調査が進められているようです。チャン王宮歴史センターは王宮の直ぐ南側に位置しています。冒頭の写真資料では、歴史センターを中央に、右上に少し見えるのがチャン王宮、そして左上にはワット・ウィハーントーン遺跡が写っています。

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歴史センターにはピッサヌロークの歴史や隣接するワット・ウィハーントーン遺跡などの詳細な説明資料が展示されています。説明文を読みながらゆっくり回ると30分以上はかかります。一帯の模型などもあるので見て回るだけでも楽しいです。

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この模型では、右手の大きく囲われた部分がかつての王宮跡です。建物は全く残って無くて塀の跡と一部建物の外壁跡だけが見て取れます。かなり大きな住居で、ナレースワン大王はここで生まれ育ちました。

歴史センター内にはナレースワン大王の立派な銅像も展示されています。

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歴史センター脇の細い通路の先(北側)にチャン王宮跡があります。ここにもナレースワン大王を祀った建物があり、多くの人が訪れていました。

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内部にはナレースワン大王の像があり、入口脇には大きな闘鶏の置物が置かれていました。

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王宮跡は現在もまだ発掘調査ならびに復元中なのでしょう。何人かの人が作業している姿が見られました。塀や外壁に沿ってレンガが積み上げられているものの、どう見ても古い物とは思えません。痕跡を元にして新たに積み上げたものなのでしょう。

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現在は隣接するワット・ウィハーントーン遺跡と共に観光地化していますが、この場所も長い間土の下に埋まって忘れ去られていました。1990年代初頭に学校建設のために作業していたところ古いレンガが発見され、Thai Fine Arts Dept. により考古学的価値が再評価されました。


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2020/02/12

ピッサヌローク駅 SRT Phitsanulok Station

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ピッサヌロークはバンコクから約390km、チェンマイからは約360km の距離にあります。最速の列車を使うとバンコクからは約4時間45分、チェンマイからは5時間45分です。チェンマイの方が少しだけ近いのに1時間も長くかかるのは単線区間の運行調整によるものでしょう。(タイ国鉄 SRT のほとんどの区間が単線)

ピッサヌローク駅を通る列車は上下線それぞれ13本だけです(うち3本はピッサヌローク発着)。バンコクからチェンマイまで行く列車は5本のみで、昼間に通る列車は上下それぞれ4〜5本という寂しさです。 😝 それでも、市街中心部に近いこともあって、駅周辺は賑わっています。

ピッサヌローク駅の歴史は古く、1907年1月にバンコクまで蒸気機関車を走らせたのが最初だと駅前の案内板に記述がありました。Wikipedia には 1908年となっていますが、駅にあった説明文を信じることにしましょう。ちなみに、チェンマイまで開通したのは1922年です。

冒頭写真は駅舎正面です。駅前ロータリーには、1911年製で1967年まで実際に使用されていた英国製の蒸気機関車が展示されています。綺麗に装飾されて完全にオブジェ化しています。駅前には、懐かしい三輪自動車が何台も停まっていました。日本でも1960年代頃まで町で見かけたものです。

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駅に向かう正面の道はピッサヌロークのメインストリーと言っても良い感じで、この町が駅と共に発展してきたのだろうと想像できます。

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午前中に北側の主要観光スポットを見学して、昼食の後に南側に向かう途中で駅に寄りました。本数が少ないのは知っていたので、駅舎やホームだけを見て回る予定にしていたのですが、何と偶然にもバンコクからチェンマイに向かう特急(SP DRC : Special Express Diesel Rail Car)を見ることができました。20~30分ほど遅れてたようですが、タイでは普通なのかも知れません。😄

こちらはチケット売り場の様子。ここに書かれているのが全列車なのですが、始発駅と終着駅の発着時間も記載されているのでわかりづらいです。ピッサヌロークの発着時間は青色の部分で、上下それぞれ13本ずつしかありません。

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ホームに向かう出口付近。肖像画が飾られていましたが誰なのか。。チュラーロンコーン大王?😅

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列車が到着する前のホームの様子です。左奥側がチェンマイ方面です。

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入線してきた列車。プラットフォームの行き先表示はバンコクとチェンマイだけで大変シンプル 😄

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そして、ホームに停車中の列車。右奥にも似たような車両が見えますが、右側は1983年製の日本車輌(東急と日立)で、この車輌は1996年製の韓国車両です。何でもコピーするのがお得意なお国柄ですから、日本車輌を真似たのでしょう。

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タイでは線路に降りることは違法ではなく、普通の人も平気で降りたりします。プラットフォーム自体が低く作られていて降りやすいし、線路を横切って移動するところも良く目にします。と言うことで、私も線路に降りて、二つの車両が綺麗に見える位置から写真を撮ってみました。

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バンコクとチェンマイを結ぶ高速鉄道構想があります。約750kmの距離なので3時間程度で結ばれることになり、観光客には大変有り難いことです。日本が主導的に計画を作っているようですが、採算性の問題で実現するかどうかは不透明です。沿線に大きな都市が無く、タイで2,3番目に人口が多いとされるチェンマイですら人口20万人足らずです。バンコク・チェンマイ間には毎日60便近い飛行機が飛んでいます。バス路線も数多くあるので、タイ版新幹線は必要ないんじゃないでしょうか。


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2020/01/29

ラックムアン Lak Mueang / City Pillar Shrine, Phitsanulok(街の守護神)

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ラックムアン Lak Mueang (City Pillar Shrine) は、新しく街を造る際に繁栄を祈願して最初に建てる柱で、街の守護神として祀るものです。古代インド宗教バラモン教の「新しい町を作るときに礎となる柱を建造して繁栄を祈願する」という考えに基づいていると言われています。現在、タイの県庁所在地や大きな都市などのほとんどで建てられていますが、多くは現王朝時代になってから造られたもののようです。

ラックムアンとして守護神の柱を建てる風習がいつ頃から始まったのはわかりませんが、少なくとも現タイ国の起源とされるスコータイ王国時代、13世紀頃には始まっていました。スコータイ旧市街やシーサッチャナライ、カンペーンペットにもラックムアンは残されています。いずれのラックムアンも王宮のすぐ近くにあります。

※ チェンマイやピーマイ遺跡にもラックムアンはありますが、スコータイ王朝期のものとは “守護神” の形が異なり “柱” とは言い難い

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スコータイ旧市街ワット・マハータートそばにあるラックムアン

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シーサッチャナライの宮殿跡脇にあるラックムアン

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カンペーンペットのワット・プラケーオ隣にあるラックムアン

ピッサヌロークのラックムアンはナレースワン橋の西側、 Chan Palace の南側の城壁内にあります。見るからに新しい建物なので近年になって建造されたのは間違いありません。ですが、現在のピッサヌロークの街の発展を考えると、この場所が起点になっていたとしても不思議ではありません。

ソンクエー Song Khwae(元ピッサヌローク)の街は元々クメール人が造ったと言われています。スコータイ王国のリタイ王(1347 - 1368)が現在の場所に街を移動して、ワット・プラシーラッタナマハタートなどの寺院を建立しました。もしもその時に Chan Palace (あるいは類似の王宮)を造ったとするなら、その時代にラックムアンも現在の場所に造られたとしてもおかしくはありません。

Chan Palace Historical Center に掲示されている説明では、Chan Palace はインタララーチャー1世(1409 - 1424)が後の国王である自分の息子をピッサヌローク(当時のナーン川西側チャイナート Chainat)に住まわせる為、あるいはトロイローカナート王(1448 - 1488)がアユタヤ王国の都をピッサヌロークに移す時に造ったと書かれています。前者はチャイナートの街を造る際に、後者はピッサヌロークを王都として整備する際にラックムアンを建てたとも考えられます。

現在のラックムアンは少し土を盛った小高い上に造られています。案内板によると 1996年に建てられたもののようです。

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入口階段にはナレースワン大王の象徴である大きな闘鶏の置物が置かれており、建物周辺にも数多くの置物が置かれていました。

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最後に、こちらがラックムアン本体です。柱の周囲には金箔が貼られ、高さは3.29mもあってかなり大きな物です。

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タイで初めての街に行くときはラックムアンを最初に探します。そこが街の発祥地であると思うと、何だか歴史を感じることができます。




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2020/01/27

ワット・ウィハーントーン Wat Wihan Thong, Phitsanulok - プラ・アッタロットを祀る寺院

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Chan Royal Palace Historical Center を挟んで Chan Palace の南側にワット・ウィハーントーンはあります。ピッサヌロークでは遺跡を含む現役寺院が多いのですが、この辺りは遺跡だけが残っています。町の中心がナーン川の東側だったので、西側の Chan Palace 付近一帯は近年になるまで忘れ去られて遺跡だけが残っているのです。

建立された時期は正確にはわかっておらず、案内板には建築様式などから考えて14世紀から15世紀と記されているだけです。14世紀とするなら、建立したのはスコータイ王国の都をソーンクウェー(Song Khwae, 現ピッサヌローク)に移した リタイ王(1347 - 1368)でしょう。彼は1362年から7年間、ソーンクウェーに滞在していたので、その間に造ったのではないかと思われます。15世紀説をとるならば、1463年にアユタヤ王国の都を一時的にピッサヌロークに移した第8代トロイローカナート王(Borommatrailokkanat, 1448 - 1488)の時代かもしれません。

Chan Palace はリタイ王が造ったとする説が強いので、ワット・ウィハーントーンも同時期に王宮寺院として建立されたと考えるのが自然です。しかし、Chan Palaceの建設がトロイローカナート王の手によるとするならばワット・ウィハーントーンも15世紀に建立されたと考えられます。ただ、礼拝堂に祀られていたプラ・アッタロット仏立像はスコータイ王朝時代に鋳造されたと考えられているので、リタイ王の時代から100年も経っているのは説明が難しい。

Wat Wihan Thong の Wihan は礼拝堂、Thong は黄金を意味します。直訳すると黄金の礼拝堂の寺院になります。ブロンズの仏立像は黄金色に輝いていたと思われるので、それを祀る礼拝堂がある寺院と言う事でしょう。同名の寺院はスコータイやアユタヤなど各地にあります。

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さて、ワット・ウィハーントーンで最も有名なのは、ワット・プラシーラッタナマハタートにあるようなプラ・アッタロット仏立像です。つなぎ合わせること無く鋳造されたブロンズ像の高さは10mにも及ぶそうで、当時としては最大級の仏像だったと思われます。現在その姿はワット・サケートで見ることができます。ちなみに、この仏立像の正式名称は Phra Attharot Srisukot Thossaphonyabophit と言うそうです。ワット・プラシーラッタナマハタートの物とは異なります。

入口から入ると、まず目に付くのが礼拝堂跡と巨大なプラ・アッタロット仏立像です。実はこれ、2013年に造られた物で、背中側は鉄骨でガッチリ固定されています。この大きな仏像が祀られていた礼拝堂なので相当大きな建物であったのだろうと想像できます。

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そして、寺院の象徴とも言える大きな仏塔・・・跡。

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ここにはワット・プラシーラッタナマハタートでも見られるトウモロコシ型をしたクメール様式の立派な仏塔があったと考えられています。Chan Royal Palace Historical Center にその想像図がありました。

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そして、礼拝堂と並ぶように建てられていた本堂。入口は東側を向いています。

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スコータイ歴史公園を見て回った後なので、規模的には目新しさを感じられませんでしたが、特筆すべきは柱の太さです。明らかに、スコータイ歴史公園にあった寺院遺跡のものよりも太いと思います。つまり、建築技術が進歩してより大きな建物が建てられていたのだろうと思われました。

Chan Royal Palace Historical Center にあった寺院全体像の模型です。こじんまりとした敷地内に仏塔 Prang、礼拝堂 Viharn、本堂 Ubosot、そして東屋 Sala が整然と配置されていたのがわかります。

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ワット・ウィハーントーンの直ぐ億には別の寺院遺跡もあります。同時期かそれ以前に建立された物だと言われています。Chan Palace を含め、この辺りはまだ発掘調査と復元が進められているので数年後には様子が変わっているかもしれません。




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2020/01/24

ワット・ナンパヤー Wat Nang Phaya, Phitsanulok(女王の寺院) - タイのお守りプラクルアンで有名な寺院

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ワット・プラシーラッタナマハタート(ワット・ヤイ)から道を挟んですぐ隣にあるのがワット・ナンパヤーです。寺院名からもわかるように女王ゆかりの由緒ある古い寺院なのですが、ワット・ヤイと比較すると寺院敷地も狭くどうしても見劣りします。境内は駐車場と化していて、参拝客や観光客が訪れるのは礼拝堂 Viharn の周りだけです。とは言え、美しい礼拝堂の建物、そして豪華な内装と仏像があり参拝客は絶えません。

ワット・ナンパヤーは、タイ人なら知らない人はいないと言ってよいほど有名な寺院です。正確には、その名が知られているのは寺院の歴史そのものでは無くて、この寺院で発見されたタイのお守り「プラクルアン Phra Kruang」です。プラクルアンとは、タイの人がよく首からぶら下げている仏像を象った小さなペンダントのようなお守り(魔除け)です。以前、テレビでも放送されていましたが、高価な物は億単位の価値があるのだそうです。

有名なのはベンジャパーキー Benjapakee と言われる5種類のプラクルアンのセットで、全て本物ならとてつもない値段になるそうで、とてもジャラジャラと首からぶら下げられるような代物ではありません。ワット・ナンパヤーで発見されたプラ Phra はそのうちの一つです。ベンジャパーキーはプラソムデット、プラナンパヤー、プラロート、プラポンスパン、プラソンゴールで構成された五種類のプラです。

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プラ・ナンパヤーは1901年にラーマ5世がこの寺院を訪問するにあたり境内を整備していたところ、壊れた仏塔の下から数多く発見されました。製造されたのはアユタヤ王朝第17代国王サンペット1世(Sanphet I, 1569 - 1590)の時代1570年頃と考えられています。当時のアユタヤ王朝は1564年にビルマ軍に敗れて以降ビルマの属国になっていました。元のピッサヌローク領主であったサンペット1世(Maha Thammaracha)を中心として独立戦争が始まり、1584年にアユタヤ王国をビルマから奪還しました。その頃、ビルマ軍との戦勝を祈念してプラが仏塔に奉納されたと言われています。

さて、ワット・ナンパヤーについて建立年は諸説あるようです。アユタヤ王国の都をピッサヌロークに移した第8代トロイローカナート王が建立したと書かれている記事や、サンペット1世の王妃ウィスッカサトリー(Wisutkasattri)によって建設されたと書かれたものもあります。戦下で崩壊した寺院を王妃が修復したということかも知れませんが、「女王の寺院」と名付けられていることからしてウィスッカサトリー王妃が関わっていることは間違いないのでしょう。ちなみに、この王妃はナレースワン大王の母にあたります。

正面入口の目の前に周囲を回廊で囲まれた礼拝堂 Viharn があります。入口前には仏像があり、参拝客はその仏像に次々と金箔を張り付けていました。

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礼拝堂内部の壁には仏陀の生涯を描いた絵でしょうか、数多く描かれており、一番奥に大きな仏像が。。。あれ?っと思うはずです、パッと見た目はワット・プラシーラッタナマハタートのチンナラート仏とそっくりなのです。よく見ると顔の表情は異なっており、こちらの仏像の方が少し頬がふっくらとして若い感じに見えます。😊

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礼拝堂外壁も綺麗に装飾されています。そして古そうな仏像が置かれており、奥の方には仏塔もありました。

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回廊だった場所にも鮮やかな絵が描かれており一見の価値はあります。

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私は初めての場所を訪れるとき、ほとんど下調べをせずに見て回ります。その場所で見たままの印象を大切にしたい・・・と言うと綺麗事になりますが、後で写真の整理をしていると撮り逃した場所や物が必ずあるのです。この寺院の場合も先を急いでいたこともあり、礼拝堂裏手の仏塔や回廊に置かれているであろう仏像などを見て回りませんでした。それらは次回訪問の機会があれば、その時の宿題とします。

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