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2018/05/17

ニューヨーク SOHO の入口にある壁のモニュメント "The Wall"

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ブロードウェイをバッテリーパーク方面に南下して、Houston Street との交差点に “The Wall” はあります。1980年代に初めてニューヨークを訪れたとき、青く塗られた壁にエメラルドグリーンの鉄骨が規則正しく突き出した構造が大変印象的でした。“Gate to SOHO” とも呼ばれていて、場所的にまさに SOHO の入口にあたります。

この壁のモニュメントは、1973年に彫刻家 Forrest Myers によって作られました。42本のアルミ製骨を壁に取り付けただけの、ある意味、単純な作品ですが、大きさはビル8階建てほどもあって巨大なものです。この場所には元々ビルが建っていて、Housuton Street の拡幅工事のために取り壊されました。

2008年に久しぶりにニューヨークを訪れた時に行ってみました。
「あれ? こんなだったっけ?」
確かに色も形も変わりありませんでしたが、何となく印象が異なっていました。以前見たときは、アルミ柱には手が届きそうなくらいで、のしかかってくるような圧迫感に圧倒されたように記憶していました。1980年代に撮った写真がこれ。

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左側に見える出窓のような屋根の位置を現在の写真と比べてみると、アルミ柱は明らかに上階側に移動しています。調べてみると、これらの柱は 2002年に一旦撤去されていました。ビルのオーナーは老朽化を理由に撤去したいと New York City Landmarks Preservation Commission (LPC) に申し立てをして、復旧することを条件に撤去が認められました。この場所、立地条件が良くて広告壁にするには最高の場所ですから、一文にもならないモニュメントをなんとかしたいとオーナーが思っていたのは間違いありません。

その後、復旧までにはさらに一悶着あって、オーナーと LPC が最終的に合意したのは 2007年のことです。アルミ柱の設置位置を約1階分上に移動して、その下に4つの大きな看板を掲げることになりました。これにより、ビルオーナーは年間 60万ドルもの広告収入を得ているらしいです。
元のモニュメントと位置を比較した写真がありました。

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ブロードウェイ側の一角に、作者と建造年が記されたパネルが設置されています。

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ニューヨークには歴史ある豪華な建物が沢山あってビルの博物館のよう感じですが、このようなストリートアートも沢山あり、それらを見て回るのも楽しいです。


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2018/05/16

100年前、ニューヨークにあった巨大デパート Siegel-Cooper Department Store

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(2012年撮影)

1900年前後のニューヨークは経済成長著しく、人口も400万人近くまで急激に増加していました。Ladies Mile と呼ばれるショッピングゾーンがユニオンスクエアから 6番街にかけて形成されたのもその頃です。別記事で紹介した Macy's Department Store (1858)はその先駆けとも言える存在です。ブロードウェイには、Tiffany(1870)、Lord & Taylor(1867)、Brooks Brothers(1884)なども旗艦店を構えていました。Macy's があった 6番街にデパートが林立するようになったのは、1875年の Hugh O'Neill や B. Altman デパート(1877)が開業してからです。

Siegel-Cooper Department Store は、1887年に Henry Siegel, Frank H. Cooper と Isaac Keim によってシカゴに設立されました。ディスカウントデパートとして成功を収め、その勢いで 1896年にニューヨークに進出、6番街の 18th Street のワンブロック全体を占める巨大なデパートを建設しました。当時としては世界最大規模のデパートで「Big Store」と呼ばれていました。

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この絵の頃の周辺は次の写真でわかるように、6番街には高架鉄道が走っていてデパート前も大変賑わっています。高架鉄道の下には線路のようなものが見えますが、高架になる前は路面電車が走っていたそうです。線路を撤去する余裕も無いままに高架鉄道ができるほど、当時は町の発展スピードが速かったのだと思います。1903年頃に撮られた写真で、右側に写っているのが Siege-Cooper デパートです。

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Siegel-Cooper デパートの最大の売りは、巨大な店舗もさることながら、それを可能にした鉄筋構造による柱の無い広いフロアです。入口正面には上写真のような大理石造りの噴水が設けられ、“Meet me at the Fountain” というキャッチフレーズが使われていました。現在、この噴水はありませんが、左奥に見える階段はそのまま残っています。

Siegel-Cooper は Macy's の最大のライバルだと言われていました。Macy's デパートは6番街と 14th Street の角地一体に広がった11棟ものビルに分散していたので、Siegel-Cooper の広いフロアは最大の強みだったのでしょう。この写真が撮られた直ぐ後の頃、Macy's はより広い売り場面積を求めて Broadway 34th Street, Herald Square に移転しました。そして、それが Ladies Mile 衰退の引き金の一つとなり、Siegel-Cooper デパートは 1915年に倒産、1917年に店舗もクローズしました。その後は、第一次世界大戦の頃に陸軍病院として使われていた時期もありますが、6番街のデパート群全体が倉庫や廃墟となって忘れ去られることになります。

Henry Siegel がデパートの運営に直接関わったのは 1896年からわずか 6年余りのみです。Macy's の移転は相当痛かったのでしょう。1902年には大手株主に売られ、向かい側にあった B. Altman デパートと統合して更に巨大なデパートになったものの客足は伸びませんでした。1913年には Associated Dry Goods Corp (ADG)に運営が移管されました。ADGは買収により拡大を続け、 Lord & Taylor も手中に収めています。その ADG も 1986年には巨大デパートチェーン May Department Store に買収されます。さらに、May デパートは 1992年に倒産した Macy's デパートを統合した Federated Department Store に 2005年、買収されます。そして、Federated Department Store は Macy's Inc に社名を変更しました。

ライバル関係にあった Macy's と Siegel-Cooper は、いずれも倒産と買収の波に飲み込まれて最終的に Macy's Inc で繋がったということでしょうか。

さて、栄華を極めた Ladies Mile のデパートですが、Siegel-Cooper デパートの豪華さは抜きん出ています。わずか 20年余りの営業でしたが、今も残るビルの装飾からもそれが良くわかります。

現在、6番街に面した一部はディスカウントストアとして使われています。豪華な建物とは不釣り合いですが、内部に入ってみると・・・100年以上も前の建物ですから天井の高い現代建築と比べると貧素な感じを受けます(笑)。1988年頃に撮った写真があったので、現在の姿と比べてみました。ビルの買い手がついて改装が始まったのは1991年頃とのことなので、使われていなかった頃の写真です。一階の壁には沢山の張り紙がされていて、あんなに巨大で立派な建物が廃墟同然だったのを不思議を通り越して異様に思った記憶があります。

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正面入口は大変豪華です。ブロンズ製の大きな柱とアーチ状の三つの大きな入口、二階の大きな窓は高架鉄道から内部が見渡せるようにしていたのだそうです。

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豪華な装飾が施されたブロンズ柱の後ろには、1896年に建造されたことを示すプレートがあります。

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壁面にも細かな装飾が施されていて見応えがあります。 Siegel-Cooper のイニシャルをアレンジしたロゴも見えます。

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現在、店舗になっているのは下層階のごく一部分のみで、それ以外は倉庫かオフィスとして使われているようです。Ladies Mile 全体は New York City Historical Landmark に指定されているので、古いビル群が無くなることないと思います。華やかだった昔を垣間見るにはうってつけの場所です。



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2018/05/12

ニューヨーク Macy's デパートの歴史

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1800年代の半ばになると、ニューヨークの商業の中心はブロードウェイ沿いに北上してユニオンスクエア付近にまで達していました。アメリカを代表するデパートの一つ Macy's は 1858年、ユニオンスクエアから2ブロック西側の 6番街に R. H. Macy Dry Goods Store として誕生しました。Department Store という呼び方が一般に定着したのは 1890年代に入ってからと言われていて、それまでは Dry Goods Store(乾物屋)と呼ばれていました。

ユニオンスクエアができたのは 1839年です。当時は周辺に住宅地が広がっており、ニューヨークで最もファッショナブルが地域として知られていました。Academy of Music やピアノで有名な Steinway Hall もユニオンスクエア周辺にできて文化芸術の中心地でもありました(現在はいずれも痕跡すら無く残念です)。1840代頃からニューヨークの港湾整備が進み、1850年にはユニオンスクエアに最初のホテルが開業、そして間もなく Lower Manhattan に鉄道が開業しました。このように、Macy's がこの地に誕生する下地ができあがっていたと言っても良いでしょう。

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Macy's は、徐々に取り扱い製品を増やしていき、現在では当たり前の「年末クリアランスセール」や「季節毎の店頭ディスプレイ」などのマーケティング手法を初めて取り入れ売上を順調に伸ばしていきました。6番街の一角から始まった Macy's は隣接地に次々と店舗を拡張し、1891年には13st Street 沿いに別館(現存)、1895年に 14st Street を挟んだ向かい側にタバコとリキュール専門店、1896年に6階建ての新館、そして最終段階として14st Street 沿いの別館(現存)を建築するなど、11棟ものビルを所有していたそうです。

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一番左の建物が 1997年に建造された 14st Street 別館(左 1986年撮影、右 2015年撮影)

1986年に行ったときは衣料品店になっていて中に入ったことがあります。昨今の店舗と比較すると、天井は低く店内は幅狭く、二階に上がる階段は一番奥にありましたが、すれ違うのも容易でないほど狭かった記憶があります。おそらく、以前は隣接する建物と内部で連結されていたのだと思います。この建物が Macy's だったことの痕跡は 2012年に撮った写真に見ることができました。現在は上図のように少し綺麗に改装されているので全く見えません。

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この写真、目を凝らして “心眼” で見ると、下の看板にうっすらと Macy's Star ★ マークと "M" の字が見えます。13rd Street の別館にはしっかりと "★" ロゴを見ることができます。

1870年頃からユニオンスクエア周辺には多くの商業施設ができ、1910年頃まで 6番街とブロードウェイに挟まれた 14st Street から23rd Street はニューヨークのショッピングの中心 Ladies Mile として栄えました。そんな中、Macy's は 1902年、更に Uptown の Broadway 34th Street、」Herald Square(現在地)に店舗を移しました。先賢の目があったというか、Ladies Mile は 1910年頃から廃れ始め、1920年代には廃墟同然となって忘れ去られることになります。当時の嗜好を凝らした豪華な建物は現在も残っていて、かつて繁栄していた頃の名残を見ることができます。

Ladies Mile にあったデパートをまとめた図をスキャンしたので添付します。(出典 The historical Atlas of New York City, Eric homberger, 2004)この図は間違っていて、赤枠で囲った店舗は1ブロック南側にありました。

Map of Ladies Mile

当時、Macy's の最大のライバルになっていたのは、シカゴからやって来た Siegel-Cooper でした。1896年に巨大なデパートを開業して、店内に噴水を設けるなど広い店舗を活かしたプロモーションで Macy's を刺激し続けていました。Macy's は言うなれば増改築した寄せ集めビルの集合体でしたので、苦戦を強いられたのだと思います。

Macy's が 1902年に移転した後、元 Macy's の建物はしばらく空き店舗になっていました。14st Street の重要な場所に巨大な空き店舗があると Siegel Cooper Department Store の営業にも影響がでます。Siegel Cooper は Macy's の跡地をなんとか借り受け、6番街と 14st Street の角に現在も建物が残る 14st Street Department Store を 1904年に開業しました。それでも時代の流れは止めることができず、6番街にあったほとんどデパートは 1917年の Siegel Cooper Department Store 閉店までに倒産、廃業してなくなりました。

1902年に移転した Macy's ですが、ビルの形は Broadway 側の一角が欠けた構造をしています。ここにもライバル Siegel Cooper との戦いの痕跡が残っているのです。実は、Macy's がビル建造計画を発表した頃、Siegel Cooper が Broadway 34th Street の一角を取得して、巨大店舗の建設を妨害していたと言われています。(写真は 1903年頃の撮影)

Macys 1903

1896年に開業した Siegel-Cooper Department Store は、当時ニューヨークで最大の店舗面積を誇り "Big Store" と呼ばれていました。Macy's が Herald Square にデパートをオープンすると "最大" ではなくなるので、それを阻止したかったらしいです。Siegel-Cooper は向かい側にあった B. Altman Department Store を統合するなどして抵抗しましたが、次第に業績が低迷して倒産に追い込まれます。 Macy's は 1911年にこの "角地" を購入しました。現在も別棟のような形でビルが建っていますが、上部には巨大な広告塔 Macy's Shopping Bag が作られています。

Macy's は 1924年に店舗を7番街まで拡張しています。そして、"The World's Largest Store" というキャッチフレーズを手に入れたのです。(正確にはわかりませんが、2009年頃までは "最大" だったらしい) 昔のデーパートの広告を見ると、売り場面積の広さをうたったものが良くあります。当時は「売り場面積の広さ = 品揃えの多さ」としてアピールしていたのかもしれません。

今年で 112年目になる現在の Macy's の建物。商業地の北上が続いてきたニューヨークでは 100年以上も同じ場所で営業を続けることはありませんでした。交通網の発達は商業地の分散をもたらし、一地域に客足を集める必要がなくなってきました。顧客の購買パターンの変化はデパートの存続に大きく影響します。それは日本でも同じ事で、数多くのデパートが閉店、倒産が続いていることでもわかります。さらに、昨今はネット販売が増加しているので店舗販売はますます窮地に追い込まれています。

Macy's は巨大デパートに成長しましたが、R. H. Macy 創業家が現在も事業に関わっているわけではありません。「Macy's」はデパートのブランド名と言っても良いです。

Macy ファミリーが経営していたのは 1895年までです。R. H. Macy & Co. は、Macy's Store で陶器などを販売していた Straus 兄弟に事業を買収されます。1902年に移転を決め、事業を拡大したのは Straus 兄弟なのです。兄弟の一人、Isidor Straus は 1912年のタイタニック事故で亡くなりました。

R. H. Macy & Co. は、1992年に一度倒産に追い込まれています。そして、1994年に Federated Department Store に統合され、本社はニューヨークからオハイオ州に移りました。あの頃は、ショッピングモールが郊外に沢山できていて、町中にあるデパートに行く人は少なかったように思います。しかも、1980年代頃、どこの大都市もダウンタウンは治安が悪く、わざわざ電車を使って買い物に行くような場所ではありませんでした。

Macy's ブランドは知名度が非常に高いので、2007年、Federated Department Store は Macy's Inc. に社名を変更しています。FD Storeはその他にも数々のデパートを買収していて、その一つは Bloomingdale's です。現在は、買収した多くのデパートも含めて、Macy's と Bloomingdale's の名前で営業を続けています。

最近はネット販売や IT 関連にも力を注いでいて、1916年にはデパートとしては初めて Apple Store を店内にオープンしています。

最後に、1902年開業の Macy's Herald Square には有名なエスカレーターが残っています。開業当時、32機のエレベーターと 4機の "木製" エスカレーターが設置されたのですが、その “木製” エスカレーターが現存しているのです。エスカレーターがデパートに設置されたのは Macy's がアメリカ初です。1986年に初めて訪れたときは、薄暗くて天井も低く、なんと古めかしいデパートなんだと驚いたものです。その頃の私は近代的な建造物しか見ること無かったので、エレベーターにはほんとに驚きました。Macy's にその後も何度か足を運んでいますが、2015年に最後に行ったときも、確かに “木製” エレベーターは現役で動いていました。たしか、上階の方に残っていたように思います。

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2018/05/02

誰もが知るジュエリーブランド Tiffany もニューヨーク生まれ

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あまりにも有名なジュエリーブランドで、女性達の憧れのジュエリーのひとつです。Tiffany の誕生は 1837年、City Hall の直ぐ西側のブロードウェイに店舗を構えていました。今では世界中の高級デパートやモールに店舗があります。創業当時の様子を描いた絵を見ると、隣にはアメリカで最初のデパートを作った A. T. Stewart の店があったことがわかります。Tiffany と言えばこの薄い水色に緑色を加えたような色。デザイン系に携わる人なら知らない人はいない Pantone 色見本にも入っていて、コード名は Pantone 1837 です。Tiffany の創業年がコード番号になっています。

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創業当初は "Tiffany, Young & Ellis" と呼ばれていて文房具やグラスを始め様々な Fancy Goods を販売していました。Tiffany & Co. と社名を変更したのは 1853年にブロードウェイに移転した頃です。現在の Tiffany Building の正面入口上にある象徴的な "Atlas Clock" は 550 Broadway の店舗入口に設置するために作られました。残念ながら、隣の教会とともにこのビルは既にありません。(写真左隣のビルは残っているようです)

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1870年にはユニオンスクエアの直ぐ西側に移転します(15 Union Square)。当時のビルは残っていなくて全面ガラスで覆われた近代的なビルに生まれ変わっています。

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ユニオンスクエアでの営業は約30年余りで、Ladies Mile が栄えていた頃の1905年に更に北側の五番街の37th ストリートの交差点に移転します。ショッピングの中心が北へ北への移動してるのを見越して一足先に移転を決めたのではないかと思います。そのビルは今でもティファニービルとして残っています。別記事で紹介した Lord & Taylor は10年ほど後に1ブロック北側に移転して来ました。

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そして、1940年に現在の場所 5th Avenue 57th Street に移転しました。正面入口には160年以上も前に作られた "Atlas Clock" が飾られています。Tiffany ビルの隣はこのところ話題のトランプタワー、トランプ大統領の住居があるビルです。1983年に建造されたビルで、階段状になったビルの角には木が植えられていて斬新な形をしています。建造後間もない頃、私はニューヨーク近郊に住んでいたので何度か見学に行ったことがあります。内部はこれでもか・・と言わんばかりの金ピカ内装で驚いたものです。

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ティファニー本店はオードリー・ヘプバーンが主演した映画『ティファニーで朝食を』で有名になり、ジュエリーだけでなく観光名所としても有名ですね。たしか、一階にはお手頃なアクセサリーも販売していて気軽に入って見て回れたような。。。ただし、入口には厳ついガードマンが2人くらい立っていましたが。階を上がるほど高級品になっていくらしいです。私は二階までしか上がったことありません。

日本がバブルの頃 1980年代後半、第一不動産がこの有名なビルを購入して話題になりました。1999年にはティファニーがこのビルを買い戻したと思います。バブル崩壊後の2007年に第一不動産は倒産してしまいました。不動産に関しては、お隣のトランプタワーを所有するトランプさんがティファニーの上空を買っています(空中権)。なので、ティファニービルは改築したとしても現在よりも高くはできないのです。(下図は、Apple Map の 3D 画像)

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2018/04/28

ニューヨーク生まれの二大服装品ブランド Brooks Brothers と Lord & Taylor

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長らくタイの話題ばかり書いていたので少し趣を変えてニューヨークの話題です。

ファッションブランド、デパートやホテルなどの客商売を営む業界では、店舗の場所と建造物のデザインなども業績に大きく影響します。それらのビルを見ると、その時代の様子を垣間見ることができます。ニューヨークで生まれた Brooks Brothers と Lord & Taylor という服装品ブランドは、いずれも 1800年代前半に創業し、時代とともに店舗をブロードウェイに沿って北上してきました。特にニューヨークの Golden Ages と言われる 1800年代半ばから1900年代初期には、富裕層の移動に合わせるように店舗を移しています。

Brooks_Brothers_Catherine.jpg
(Apple Map App 3D view)

Brooks Brothers と Lord & Taylor は、いずれもニューヨークの同じ町に誕生しました。今では公園になって当時の面影は全くありませんが、ブルックリンブリッジとマンハッタンブリッジに挟まれた Catharine Street にありました。 昔は沢山のショップがあって賑わっていたらしいです。Brooks Brothers(BB) の前身は Henry Sands Brooks が1818年に創業し、後を継いだ4人の孫達が1850年に Brooks Brothers と改名しました。Lord & Taylor(LT) は 1826年に Samuel Lord and George Washington Taylor が興しました。BBは男性服、LTは女性服できっと棲み分けができていたのでしょう。

Brooks Brothers は1840年にブロードウェイとグランドストリートの角に移転します。そして、南北戦争の終結後の1874年にブロードウェイとボンドストリートの角に移転しています。Lord & Taylor も同じ頃に Brooks Brothers と同じグランドストリートに店舗を移ししたが、直ぐ後の 1870年にはブロードウェイと 20thストリートの角にビルを建てて移転しました。同じ頃、ライバルであった Arnold Constable デパートや Tiffany などもユニオンスクエア周辺やその北側に移っています。

冒頭の写真は、1874年に建築された Brooks Brothers のビルで、現在も同じ場所ブロードウェイとボンドストリートの角にあります。壁や窓の装飾は大変美しく手が込んでいるのがわかります。壁に飾られた紋章のようなものは、建造年の 1873 の文字をデコレートしたものです。

Brooks Brothers が次に移転した先はフラットアイロンビルの直ぐ近くにありました。現在は新しいビルに建て替えられていて当時の姿は写真でしか見ることができません。

1911 Brooks Brothers Broadway 22nd and 21st

1870年に移転した Lord & Taylor のビルはブロードウェイとW20th ストリートにありますが、残っているのは角側の一部のみです。このビル、現在はなんと Brooks Brothers の支店が入っています。

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最後は、1915年に新天地に移転した Brooks Brothers と Lord & Taylor の写真。

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Brooks Brothers は、グランドセントラル駅にほど近い Madison Av. と44th ストリートの角にあります。お気に入りのブランドの一つなのでニューヨークに行ったときは時々寄りますが、アメリカンサイズはうまくフィットしなくて、品質も国内で買った方が良いかな。

Lord & Taylor は 5番街の New York Public Library から2ブロック南の38th ストリートにあります。近くには 1905年に移転してきた Tiffany が 1ブロック南側にあり、Tiffany は1940年に更に北側の現在の位置に移転しました。

約150年かけて商業の中心がセントラルパークの南側まで移ってきてきましたが、今は昔と店舗のあり方が変わってきました。そして、再び SOHO など南部の地域が見直され、朽ち果てそうになっていた古いビルが次々とリノベーションされているようです。

ニューヨーク・マンハッタンは街中が建物の博物館のようです。新しいビルも続々と建設されていますが、古い形を残したまま改築されて生まれ変わっていくビルを見て回るのも楽しいです。

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